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中東情勢の影響を受ける演劇界

影山雄成のバックステージ・ファイル

寄稿/影山雄成

(左上)『Hamony』Photo:Julieta Cervantes
(右上)『Prayer from the French Republic』Photo:Matthew Murphy
(左下)『The White Rose』Photo:Russ Rowland
(右下)『Cabaret at the Kit Kat Club』Photo:Marc Brenner

イスラエルとハマスとの武力衝突が連日にわたって報じられ、ニューヨーク演劇界でも中東情勢についての関心が日々高まっている。
そもそも、劇場街ブロードウェイの一番の顧客はユダヤ系の観客。そのため、彼らが共感を覚える内容はヒット作への鍵ともいわれてきた。名作ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』でユダヤ教徒が描かれたり、『キャバレー』でホロコーストに触れたりするのは決して偶然ではない。

そんな中、今のニューヨークの街では反ユダヤ主義が横行し、ハマス支持者によるデモが日々勃発。ユダヤ系の人々を描いた一連の舞台がこれまでとは違う特別な意味合いを持ち、社会性を帯びていった。

『Hamony』
Photo:Julieta Cervantes

昨年11月にブロードウェイで開幕したミュージカル『ハーモニー』は、1920年代から30年代にかけて実際に活躍した6人組の男性ボーカル・アンサンブルの軌跡を辿る作品で、反ユダヤ主義に疑問を呈する。
コメディアン・ハーモニストと名付けられたグループは、当時ヨーロッパで大成功し、アメリカへの遠征も実現させた。ところが、ナチス・ドイツが台頭すると、メンバーの中にユダヤ系がいたことから母国で解散を強いられ、歴史の濁流にのみ込まれてしまう。

Hamony A New Musical/Youtube動画

同作品を作曲したのはユダヤ系の大御所歌手バリー・マニロウ。
長年にわたりブロードウェイを目指し、2022年にマンハッタンの南端に位置するユダヤ人遺産博物館内の小劇場で上演され、好評だったことから今回の大劇場への昇格が実現した。2年前の上演の際は、虐げられるグループの人々とロシアのウクライナ侵攻とを結び付けて、多くの観客の共感を呼ぶ。

ところが今回のブロードウェイ公演では、中東情勢を受け、観客が異なる感慨で作品を見つめ直す。
ナチス・ドイツによる反ユダヤの感情による迫害で散り散りになるグループを目の当たりにし、作品のタイトルにあるように、お互いが“ハーモニー(=調和)”を保ちながら歩む術はないのかと思いを巡らせるのだ。
20世紀に起こった事実が、およそ100年後の現代人にメッセージを投げかけた。

Photo:Adam Riemer scaled

一方で、作品を快く思わない観客もあり、サプライズとなったのがオフ・ブロードウェイ上演時に高く評価した主要メディアが今回は手のひらを返して酷評したこと。低く評価した理由には諸説あるが、最も可能性が高いのはウォーキズム(覚醒主義)の影響が有力だと分析されている。
近年の“黒人の命も大切”と訴えるBLM運動の影響を受けた舞台作品や、LGBTQについての舞台の増加に見られるように、アメリカ演劇界では弱者やマイノリティーを理屈抜きで支持し循守しようとする、このウォーキズムが尊重されるという事態が続いてきた。

Photo:Julieta Cervantes

中東問題においては、弱者となるハマス=パレスチナ人を支持する人々が少なくはなく、それによって、武力衝突が始まって間もない10月よりプレビュー公演を開始し、11月に正式オープンしたミュージカル『ハーモニー』に対するメディアや人々の反応が、予想とはかけ離れたものになったと考えられているのだ。
ロングランが期待された同作品の満を持してのブロードウェイ初演は、その後ペースを取り戻すことはできないまま、去る2月に打ち切りの憂き目にあう。

昨年10月7日の軍事衝突が始まって以降しばらくは、ニューヨークの街でイスラエル側とハマス側双方の支持者のデモが見受けられた。
しかし、日を追うごとにハマス支持者によるものが目立ち始め、街を歩けば「パレスチナに自由を」と叫ぶデモ隊の声を頻繁に耳にするようになっていく。同時に黒、白、緑、そして赤色から成るパレスチナの国旗がたなびくのを目にする機会が多くなった。
年末年始の観光シーズンのニューヨークで、最も心配されたのは人々が大規模なデモ隊の巻き添えになることで、警察はドローンなどの技術を駆使して例年以上に厳重な警戒を行ったのだ。こうした潮流を背景とし、ニューヨーカーの間では反ユダヤ主義の被害にあう人々への同情が日を追うごとに高まっていく。

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『プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック』
第二次世界大戦末期から2016年、パリに住む5世代にわたるユダヤ系フランス人の家族の物語を描いたストレートプレイ(芝居)

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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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延岡バックステージ
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