寄稿/影山雄成


(右)『CHESS』Photo:Matthew Murphy
毎年、11月の感謝祭から12月のクリスマスを挟んだ年明けまでのホリデーシーズンは、ニューヨーク演劇界が最も経済的に潤う時期として知られる。劇場街ブロードウェイでは、たとえ集客が思わしくない赤字作品も、この期間に多少の収益を出し終えてから、年明けに幕を閉じるのが恒例。
ところが、2025年末のホリデーシーズンは例年とは事情が少々異なった。
現政権の政策が影響しアメリカ旅行を忌避する外国からの観光客が続出、その結果として劇場街を訪れる人々が例年に比べて減少したのだ。
興行収入で苦戦している作品が一番の書き入れ時となるクリスマスを待たずに閉幕するなどのイレギュラーな事態が起こり、例年のように理想的に活況を呈することなく終わる。
こうした中、ブロードウェイの経済を下支えしたのはABBA。「ダンシング・クイーン」などで知られるスウェーデンのポップグループとそのメンバーによる楽曲を使ったミュージカル2作品が驚きの活躍を見せた。

エーゲ海に浮かぶギリシャの小島を舞台に、シングルマザーに育てられた結婚前夜の娘の父親探しの挑戦と、父親候補者との過去の男女関係を巡って葛藤する母親を描く日本でもお馴染みのミュージカル『マンマ・ミーア!』。




ABBAによるヒット曲を散りばめたこのジュークボックス・ミュージカルの代表作がブロードウェイで初演されたのは、同時多発テロ事件から1カ月と経過しない2001年10月のこととなる。
場所は、ミュージカル『ウエストサイド物語』や『キャッツ』が初演されたブロードウェイの目抜き通りに面した数少ない劇場のひとつ。
ニューヨークがテロの危機に晒され、多くの演劇関係者が業界の将来に不安を抱いていたにも拘わらず、瞬く間に人気作となりABBAというブランドの力強さを印象づけ、約15年のロングランを実現させた。


そんなヒット作がブロードウェイで6カ月の期間限定公演を行うことが発表されたのは2025年3月のこと。
8月に始まった今回のブロードウェイでの2度目の公演は、制作陣や演出を一新する“リバイバル”には該当しない。
初演の演出や美術の方向性を基本的に引き継ぎ、25周年記念のツアー公演という規格内でのニューヨーク公演というスタンスから、あくまでも“再演(Return Engagement)”という扱いとなる。
それにより演劇賞などの候補対象からは除外されるのだ。
つまり、あくまでもビジネスが主目的で、演劇界の将来に何かを貢献しようという意図があっての再演ではない。
2025年トレーラー映像
今回は上演劇場が初演と同じではあるものの、プロダクションの規模は2001年当時とはかなり異なる。
これは作品が世界各国で上演され年数を経てコストダウンを試みた結果となり、初演と比べるとかなり見劣りするプロダクションとなるのだ。
舞台装置の床の石畳に仕込まれ、リズムに合わせて発光し楽曲を盛り上げていた電飾がなくなったのがその代表例。
第一幕終盤や大団円となるラストを盛り上げる、ステージ前方から後方に向かって設置されていた遠近法による桟橋のセリもなくなった。
オートメーションで回転しながら動き、様々な場面を作り上げていた弧を描くデザインの壁の舞台装置も小型化されている。
水面が描かれた緞帳を額縁のように囲む銀色のプロセニアムアーチもカットとなり、照明器具の精度はアップデートされたものの、作品のフランチャイズの過程で簡素化されていった内容が劇場街での再演に反映された。
さらにはキャスト32人の中の25人がブロードウェイでのデビューというのも前例にないことで、プロダクションの規模が初演と比べて極端に小さいことを物語る。




そもそもこれはツアーを見据えてのキャスティングで、経験の浅い俳優を起用してコストを安くするというプロデューサーの戦略。
ブロードウェイ出演者の最低賃金は、俳優組合との取り組みにより決められており最低賃金が週2439ドル、日本円に換算しておよそ38万円と決して安くはない。
とはいえ、ネームバリューのある人材がいないため、破格の報酬を出演者に支払う必要はなく、他の劇場街での上演作と比べて極めてエコノミーなカンパニーとなった。
このように大幅にスケールダウンし、“ブロードウェイらしさ”に欠ける再演は、初演と同じ1500席の大劇場で通用しないのではないのか。多くの演劇関係者は作品が期間限定の公演を前倒しにして閉幕、早々に幕引きすると予想していたのが事実。
ところが上演開始から興行収入は絶好調、その後も勢いは増すばかりでホリデーシーズンが近づくにつれ観光客から絶大な支持を得る。
その興行収入は確実に週150万ドル超、日本円で約2億4千万円を記録し続け、年末にかけては200万ドルを突破、『ライオンキング』や『ウィキッド』、そして『ハミルトン』といったドル箱ミュージカルの強豪と肩を並べることとなった。
今回のカンパニーは2月のブロードウェイでの期間限定の公演終了後、北米ツアーを行う予定。
そうなった場合、ブロードウェイでの俳優組合や労働組合とのしがらみから解放され、出演者のギャランティも含めて上演コストをさらに低額に抑えることが可能となる。
ABBAによる22の名曲を使ったジュークボックス・ミュージカルの礎を築き上げた同作品は、コストダウンにより今後も興行面での快進撃を続けることは間違いないと考えられるまでになった。
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ブロードウェイでリバイバル公演されたミュージカル『CHESS』
ABBAのメンバーが作曲を手掛けた、高い興行成績を収めたもう一つの作品
