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ブロードウェイ再興を後押しする新名所

影山雄成のバックステージ・ファイル

2021年11月、まだブロードウェイに人々が戻っていなかったにもかかわらずオープンしたのが、タイムズスクエアからほど近い場所にあるホテル、シビリアン・NYCHP)。

シビリアン・NYC

デザイン性に優れ何らかの独創的なコンセプトを掲げてそれを売りとする、いわゆる〝ブティックホテル〟に分類される宿泊施設だ。
レンガ造りの正面が象徴的な27階建ての同ホテルがテーマとするのは、ブロードウェイとその劇場。

前例にない劇場にスポットを当てたホテルのデザインを担ったのは、演劇界でお馴染みの舞台美術家のデイヴィッド・ロックウェル。
ブロードウェイで30作品以上に携わってきた大ベテランと、彼が率いる建築設計事務所が、これまで蓄積してきたノウハウを全て注ぎ込んだホテルとなる。

デイヴィッド・ロックウェルとめぐるシビリアンホテルツアー/Hospitality Design

デイヴィッド・ロックウェルは、ホテルの開業以降もブロードウェイで名作ミュージカルのリバイバルとなる『イントゥ・ザ・ウッズ』や、歌手ニール・ダイアモンドの半生を描くミュージカル『ア・ビューティフル・ノイズ』といった大ヒット作で装置を手掛けてきた。

(左)『イントゥ・ザ・ウッズ』Photo:Matthew Murphy and Evan Zimmerman for MurphyMade
(右)『ア・ビューティフル・ノイズ』Photo:Julieta Cervantes

そして、そんな合間を縫って、ホテルの営業開始から1年をかけてアメニティを徐々に充実させ、劇場に焦点を当てたレストランやラウンジ、そしてルーフトップバーなどを順次オープンさせてきたのだ。

ラウンジ
Photo:Johnny Miller

レンガ造りが基調となるブロードウェイにある全41の大劇場の特徴は、その古さと狭さ。
限られた土地に林立する建物の中は迷路のように入り組んでおり、舞台袖のスペースも限られている。
ミュージカルなど複数のシーンから成る大掛かりな舞台を上演する場合は、装置を袖に置くスペースさえないのが常だ。
そのため、多くのブロードウェイ作品で使用される大道具は簡単に分解できるよう設計される。
そして袖に置く場合は、ワイヤーを使って天井から吊り、関係者が行き来できるスペースを確保するのだ。観客からは一切見えないこの収納設計だけで、各作品は大金を費やす羽目になるほど。もちろん、出演者の楽屋も息がつまるほどこぢんまりとしている。

ロビー
Photo:Johnny Miller

ブロードウェイをテーマに据えたシビリアン・NYCは、こうした伝統的な劇場の雰囲気や魅力を余すことなく再現した。
正面にあるレンガに囲まれたエントランスの狭さも意図的なことで、楽屋口付近を模したものとなる。宿泊客は、舞台の出演者や関係者になって楽屋入りする気分を味わえるという趣向だ。

建物のいたるところに過去のブロードウェイ作品へのオマージュが捧げられているのも見どころのひとつ。
隠れ家的なラウンジには、人気ミュージカル『アラジン』や『ウィキッド』といったヒット作で実際に使われた衣装や小道具がインテリアのように展示された。

Photo:Johnny Miller

廊下の壁やレストランには、舞台の名優と過去のブロードウェイ作品の秘蔵写真、美術デザインのスケッチなどが所狭しと飾られている。

同様の美術スケッチは、203ある客室にもディスプレイされ、アメリカ演劇界の歩みに触れることができるよう工夫された。

Photo:Johnny Miller

さらに、バーの一角の壁一面はディスプレイケースになっており、昨今上演されたブロードウェイ作品の制作過程で作られた舞台装置の模型が陳列されている。
関係者以外はなかなか実物を目にすることができない貴重な品々だ。

また、昨年の秋に建物の屋上にオープンしたばかりのルーフトップバーは、古き良き時代のブロードウェイを偲ぶ。
20世紀初頭、まだエアコンがなく周囲の建物も低かった時代には、夏季に劇場の屋上を解放し、そこで公演を行った。マンハッタンの絶景を楽しみながらの屋外での観劇の気分を味わえる空間を再現したのだ。

劇場に足を運べば誰でも客席から舞台を観劇することは可能。しかし、舞台が制作され上演にいたるまでの過程は、関係者でなければ体験することができない。
シビリアン・NYCが目指したのは、そんな特別感が味わえる場所。これまでとは異なる観点から演劇への理解を深めることを提案する宿泊施設がここに誕生した。

Photo:Johnny Miller
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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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