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14.未来へとバトンを託す万博のステージ

影山雄成のバックステージ・ファイル

寄稿/影山雄成

『EXPO 2025 バトントワーリング・フェスタ』
©有限会社フォトハウス 堀 俊也

閉幕まで残りわずかとなった大阪・関西万博の会場内で、去る7月6日にスポーツ競技でもあるバトントワーリングの将来に向けた可能性を模索する特別公演が行われた。

全身を使って銀色に煌めく棒を巧みに操る224名の関西のバトントワラーたちが一堂に会して出演、延岡出身者も携わる“虹”という自然の奇跡を通して未来を探る『EXPO 2025 バトントワーリング・フェスタ』。

万博開催中にはバトンの演技が披露される複数の屋外での催しが行われてきた中、限りなく劇場に近い空間の再現を追求、同時にテーマ性を徹底的に重視したステージが一線を画し、幅広い来場者が楽しめる作品を目指した。

大阪・関西万博の会場の施設内でバトントワーリングのパフォーマンスを行い、同スポーツ競技を知ってもらうための機会を設けたいというプロジェクトの構想が発案されたのは昨年の秋のこと。
この意欲的なプロジェクトを実現させるには、まずは万博側の承認を得ることが不可欠となる。

厳しい審査を経た結果、7月6日に上演できる許可が下りたことで年末になってプロジェクトが始動した。とはいえ、年明けにバトントワラーたちに出演の募集をかけたものの、作品を具体的にどう仕上げていくかについては一向に手付かずのままだった。
こうした状況を打開するために、企画したプロデューサーたちが白羽の矢を立てたのは、アメリカのラスベガスで日本でも人気のサーカス団、シルク・ドゥ・ソレイユの作品に15年以上にわたって出演してきた高見亜梨彩。

高見亜梨彩

大阪出身の彼女はバトントワラーとして世界選手権での優勝経験もあり、ラスベガスで出演する演目『KÀ』ではバトンのみならず、アクロバットや京劇の技術なども身に着け、多彩な才能を長年の歳月をかけて継続的に開花させてきた。
そんな人材に演出・振付・構成・出演を依頼することができればバトントワーリングという枠組みを超え、万博会場を訪れる様々な客層をターゲットにした作品を創ることが可能なのではないかとの期待が見込まれたのだ。
所属するシルク・ドゥ・ソレイユの後押しもあり、3月から高見亜梨彩が正式にプロジェクトに参加、そこから作品が形作られていく。

最初の課題は作品のテーマを選定することだったが、間もなくして未来への架け橋のように天空を彩る“虹”をバトントワーリングの演技でもって描く上演時間が20分のコンパクトな出し物にすることが決まった。

ラスベガスと大阪を繋げてのリモートによる振り付けや構成の伝達など、創作活動に割く時間は日を追うごとに増し、夜は『KÀ』の舞台に出演し、時差に合わせて夜中は日本サイドと綿密な打ち合わせを重ねるという二足の草鞋を履いての生活が続いた。
こうした中、間も無くして予期せぬ出来事も発生する。
シルク・ドゥ・ソレイユ側が高見亜梨彩のラスベガスでの本番からの6日以上の不在は控えてほしいと本人に要求したのだ。
万博でのイベントのために余裕を持って帰国し、現場で本番に向けての最終調整に取り掛かる予定だった当初の計画の雲行きが怪しくなったのである。

こうした経緯があり、10年前に大阪で彼女とステージのプロジェクトを共にしたことから、5月に一時帰国する私自身が作品の全体像を纏めていくエグゼクティブ・ディレクターとして参加することになった。
そこから大阪とラスベガス、そしてニューヨークの3都市をつないだリモートでのやり取りが開始され、結果として次第にショーの延岡色が濃くなっていく。

高見亜梨彩が出演者とのリハーサルを本番当日までできないこともあり、彼女がショーでは観客を作品の世界へと誘う役割を担うナビゲーター(案内役)を務めることも、こうした打ち合わせを経て決まっていった。

日本での滞在期間が短いため、彼女が着用する衣装もアメリカで調達する必要に迫られる。
そんな最中に巡り合ったのが、アフリカのセネガル出身でニューヨークを活躍の拠点とし、プロム向けの煌びやかなオートクチュールのドレスを得意とするバラ・ティアム。
ニューヨークにある彼のスタジオを訪れてコンセプトを伝え、日本で制作が進む他の衣装とのバランスを考慮、白を基調にショーの冒頭とフィナーレでは異なる表情を窺わせるドレスの制作が始まった。

“虹”をテーマに掲げるその理由や意義を制作スタッフ全員に周知するのも不可欠な工程。
雨が降ることで、草花が芽吹き、その空から舞い落ちる水の滴が、虹を発生させる要因となる。
時には災害などを引き起こし脅威にさえなりかねない雨が奇跡の虹を育み、人々の心を幸福感で満たすという普遍性に着目した。
そして、そんな七色の自然の恵みの中でも“環天頂アーク”と呼ばれる非常に稀で、古来より幸せをもたらすと信じられてきた、天に向かって逆さに上昇していく虹を、未来への架け橋に見立てて作品のシンボルにすることとなる。

“逆さ虹”に込められた未来へ向けての作品のテーマが観客に明確に伝わるようにするには、ショー本編にナレーションを入れる必要もあった。

青山弥生

ナレーターとして打診されたのは、延岡市出身で劇団四季の女優である青山弥生。
ミュージカル『オペラ座の怪人』や『ライオンキング』、『マンマ・ミーア!』、そして『リトルマーメイド』といった人気作品の初演キャストとして出演してきた彼女だが、同劇団のCMの声や場内アナウンスでも定評がある。
穏やかさと説得力を兼ね備えた声が作品に相応しいとプロデューサーが判断、劇団四季からの許可を得て彼女の参加が実現に至った。

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劇場さながらのステージへ
万博サイドから厳しい規制を強いられる中、協議を重ねながら検討されていくフィナーレの演出。そして本番。

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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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延岡バックステージ
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