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ブロードウェイが息を吹き返す日

影山雄成のバックステージ・ファイル

寄稿/影山雄成

去る6月26日、ニューヨークが世界に誇る劇場街ブロードウェイは471日ぶりに息を吹き返した。

この日、ブロードウェイにある41の大劇場の中で唯一扉を開き再開にこぎ着けたのは、タイムズスクエア近くにある1710席の劇場。
そこで上演されたのはミュージカルでも、ストレートプレイ(芝居)でもない。

ステージに立ったのは、ミュージシャンのブルース・スプリングスティーン。

Photo:Rob DeMartin

東京オリンピックの馬術で銀メダルに輝いたジェシカ・スプリングスティーンの父親でもある。
そんなロック界の大御所の彼が、ギターとピアノの弾き語りにより曲を披露しながら自らの人生を振り返るライブステージでブロードウェイを蘇らせたのだ。

ニューヨーク州知事はパンデミック中、「ブロードウェイなしにニューヨークは成り立たない」と繰り返してきた。それもあり、行政が5月上旬に提唱したのは、9月14日をめどに休演中のブロードウェイ作品の上演を大々的に再開させるというプラン。

ブロードウェイで舞台を再開させるに当たっては、雇用主であるプロデューサーと、舞台俳優や裏方スタッフが所属する合計16の労働組合とが報酬や職場環境の雇用条件で合意に至る必要がある。4カ月という時間の余裕があれば、こうした事細かい交渉が成立すると行政は睨んでいた。

ところが、各作品で再開の日程をめぐり今ひとつ足並みが揃わないという事態が発生する。
一部のミュージカルやストレートプレイが他よりも早く上演を開始してメディアの注目を独占しようと目論み、抜け駆けレースの様相を呈したからだ。

こうした中、水面下で進められていたのが、音楽界を代表する巨匠ブルース・スプリングスティーンにパンデミックを経てのブロードウェイ再出発の門出を飾らせるというシナリオ。
ロック歌手がブロードウェイの舞台に出演するのであれば舞台俳優組合との交渉を省き、劇場街をスムーズに早い段階で再開できるという算段となる。

演目は、音楽畑の彼が2017年に演劇界に殴り込みをかけるかのようにブロードウェイで初演させた『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』というタイトルのライブステージ。
当時、1億1300万ドル超の興行収入をはじき出す大ヒットとなり、アメリカ演劇界の最高峰トニー賞で特別賞も獲得したこのライブステージのリターン公演を実現させ、それによりブロードウェイを再開させようというのだ。
こうして事態は急転直下、1年以上にわたって閉鎖されていた劇場街はミュージカルやストレートプレイのいずれの分野にも属さない作品が先行して再開する運びとなる。
この意表を突いたブロードウェイの再開計画が発表されたのは、公演開始まで3週間を切った6月7日のことだった。

ブロードウェイ再開の一番乗りとなる『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』のリターン公演で最も関心を集めたのは、ウイルス感染防止を目的とした安全対策。

最初に打ち出されたのは、観客全員に FDA(アメリカ食品医薬品局)承認のワクチン接種完了から2週間が経過していることを義務付け、収容人数を 100%にして公演を行うという基本方針。
これはファイザー社とモデルナ社製のワクチンの場合は2回目の接種から14日以上、ジョンソン・エンド・ジョンソン社製の場合は1回目の接種から14日以上の日数の経過を指す。
ところが、この“FDA 承認のワクチン接種”とする条件は、当然のように即 SNS 上で批判にさらされる。FDA 承認ではないアストラゼネカ社製のワクチン接種者はカナダやヨーロッパに多く、観劇できないという言い分だ。追ってメディアに取り沙汰されたこともあり、慌てた興行主は “WHO(世界保健機関)承認のワクチン接種”という条件を加えた。

観客にワクチン接種証明書やワクチンパスポートの提示を求めるかわりに、劇場内でのマスクの着用を義務化せず各々の判断に委ね、「快適に過ごして構わない」とした。

同時に、16歳未満の未成年者と、宗教上や相応の健康上の理由でワクチン接種ができない観客は例外として、観劇する公演の開演時間前の6時間以内に実施された抗原検査か、72時間以内に行われたPCR検査での陰性証明を必須とする。
結果は検査を行った機関から直接提出されることを条件とし、16歳未満の観客には大人の同伴者が必要という注意書きも添えられた。

さらには、全ての観客に開演時間の24時間前にインターネット上で開示される問診票への返答を求め、その上で初めて携帯端末にチケットのQRコードが表示され入場の準備が完了する流れになる。

妻のパティ・スキャルファもゲスト出演
Photo:Rob DeMartin

入場までの手順が多く、観客にさまざまなルールを強要するが、合計30回の公演のチケット争奪戦は前売り開始の瞬間から始まった。
S席に相当する1枚850ドルのチケットさえ即ソールドアウトとなったのだ。そして、転売目的のブローカーが購入したチケットはマーケットに出回り、1枚数千ドルにまで跳ね上がり取り引きされたのである。

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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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延岡バックステージ
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