首藤正治のボローニャ滞在記④

卒業生たち

ボローニャ大学の学生たち

アメリカで中間選挙が実施されて国の分断がより鮮明になりましたね。民主党が下院を奪還したことがいい結果につながるのか、予断を許しません。
先月には、南米で「ブラジルのトランプ」といわれるボルソナロ氏が大統領選挙で勝利しました。
ヨーロッパでは、EUをまとめてきたドイツのメルケル首相が国内政治の混乱を受けて今期限りでの引退を表明し、ここイタリアでもポピュリズム政党「五つ星運動」と反移民の極右「同盟」とのまさかの連立政権が発足して迷走が続いています。
いわば、世界中でトランプ的な政治家が「『自由』とか『平等』などといった理想を掲げて損をしたり危険な目にあうより、安定した暮らしのためには利己主義でいこうじゃないか」と大衆をあおって権力を手にする時代です。
ポピュリズムが蔓延(まんえん)する背景には、とどまることのない格差拡大や移民の問題などがあります。・・・・・・

そんな現代世界の状況に触れるところから話しはじめて、「日本的経営に見る企業文化」と題してボローニャ大学での3回目の講義を行いました。
簡単に要約すると、
「20世紀後半には日本経済の隆盛とともに、株主よりも従業員を大切にする日本的経営がもてはやされた。グローバリゼーションの進展とともに変質が進んでしまったが、かつては強欲を排する、人間中心の思想があった。ピケティの指摘する格差拡大や、他者に対する不寛容の風潮で現代社会が劣化していくのを救うヒントがそこにあるのではないか」
という内容です。
少々難しいテーマであり重いテーマでもあったので、今回は学生のノリも少し悪かったかなという印象です。
90分間で、しかも通訳を入れながらでは時間が足りず、消化不良になってしまったかもしれません。それでもさすがにボローニャ大学の学生たちは、居眠りもせずしっかり聞いてくれていました。

受講生たちの中に、日本からの留学生が3人いました。男子学生が2人と女子学生が1人。
講義の後、揃って挨拶に来てくれましたのでいろいろ尋ねたところ、それぞれに別の日本の大学で学んでいて、この秋からの留学でこちらで知り合ったのだそうです。
日本人学生はボローニャ大学全体で20人くらいだとのこと。3人ともまだイタリア語がままならないと言っていましたが、頑張ってほしいものです。

大学本部周辺の風景

ボローニャでは学生も観光客も、日本人はあまり目にしません。
東洋系の人とすれ違うときに聞こえてくるのはたいてい中国語、たまに韓国語です。もちろん一定数の日本人学生や観光客は来ていると思いますが、少し存在感が薄い感じがします。一般論としては日本人に対して好感を持っているイタリア人が多いということなので、交流が少ないのはなんとももったいなく寂しいかぎりです。
中国は自国からの学生を多数引き受けてくれれば大学に補助金を出すという政策を取っているため、大学としても優先的に入れていると耳にしました。ひと頃から成績の水準などが問題視されてずいぶん減ってはいるようですが、それでも日本人と比べれば圧倒的な数です。
これは何もイタリアに限ったことではなくて、欧米の名だたる大学で同様と聞きます。将来の国際社会において、人的ネットワークの面でも日本の存在感がすっかり低下してしまうのではないかと心配になります。

嬉しそうな卒業生たち

ところで、このところ大学の建物を一歩出て街を歩くと、月桂冠をかぶった若者を中心としていかにも喜びにあふれた集団があちこちで闊歩(かっぽ)しているのが目につきます。卒業生たちです。
日本と違って卒業生が一堂に会する卒業式などはなく、年に4回程度の卒業時期はあるのですが、卒業の日も相当にバラバラです。その卒業の仕組みを聞きました。
いざ卒業時期を迎えると、最終的に全ての必要科目の単位を取った学生が個別に卒業面接に臨みます。教授陣の前で卒業論文を講じ、いくつかの質問に答えなければなりません。会場に同席した友人や親族たちが見守る中、学生はひとりで受け答えをしていきます。科目の総合点数はすでにわかっていますが、教官たちの審議によってその場で確定した卒論の点数があわせて発表され、この最終成績をもって晴れて卒業という次第です。
面接会場を出ると、立ち会った人たちが月桂冠を贈り、祝福のクラッカーを浴びせます。お祝いに飲みに繰り出すことも多いようです。
通りがけに彼らを見かけてカメラを向けるのであれば、「どこから来たの?」とか「いっしょに写真を撮ろう!」とか言われてつかまってしまうことを覚悟しておかなければなりません。なんせ彼らは陽気なイタリア人なのですから。

(左上)ボローニャ大学博物館/(右上)館内(生物学関係資料室)
(左下)館内(医学関係資料室)/(右下)館内(浮世絵展示室)

なぜか博物館ロビーに鎧

ボローニャ大学では、以前は学部の修学年数は5年間でした。その間、学生はしっかり勉学に励みます。イタリアで総合的にトップと称されるボローニャ大学ですから他大学より難関で、相当まじめに勉強してもその5年間では卒業できず、6、7年かかってしまうのが普通だったと聞きます。ですから卒業は家族にとってもなおさら名誉なことで、卒業面接に両親はじめ家族とおぼしき方々が結構同席されているように見えるのも納得です。
前に書いたように、今は多くの学部において学士課程3年、修士課程2年という位置付けになっていますが、こうした学位制度などは「ボローニャ・プロセス」として1999年の「ボローニャ宣言」によりヨーロッパ29カ国に共有され、現在はさらに範囲が拡大しています。
これを知って僕も認識を新たにしたのですが、昔は各国の大学制度はまちまちで、履修科目の単位制による学士、修士、博士という学位制度はそれまで共通化されていませんでした。
国境を越えて学ぶという観点からは、この「ボローニャ・プロセス」への一本化は画期的なものだったに違いありません。
(つづく)

首藤正治
大正大学客員教授・前延岡市長