当然であるかのように、どの劇評も見出を飾ったのは、作品名ではなく主演女優オードラ・マクドナルドの名前で、彼女が生み出した新たなローズ像を称えた。

ミュージカル『サンセット大通り』と『ジプシー』の2作品には、主演女優以外でも対立する要素がある。
前者を作曲したのはイギリスのアンドリュー・ロイド=ウェバーで、後者で作詞を手掛けたのはアメリカ演劇界の巨匠として誰もが一目置く故スティーヴン・ソンドハイム。偶然にも両者は3月22日が誕生日と同じであることも含め、英と米のミュージカル界を代表するライバルとして認識されてきた。
そして2人は、ともにEGOT(イーゴット)と呼ばれる芸術分野における最高の称号を持つという共通点もある。
EGOTとは、4つの異なる芸術分野を代表する栄誉の頭文字をとった造語。
つまり2人は、テレビ界のエミー賞(Emmy)、音楽界のグラミー賞(Grammy)、映画界のアカデミー賞(Oscar)、そして演劇界のトニー賞(Tony)の全てを獲得する快挙を成し遂げたきわめて数少ない偉人なのだ。そんな曰く付きの2人の作詞・作曲家による名作のせめぎ合いとして捉えられている点も興味深い。
さまざまな演劇関連の賞の結果は、5月と6月に相次いで発表されるが、両作品のプロデューサーが最優先にするのは、6月8日に授賞式が行われるトニー賞でのミュージカル主演女優賞の獲得。

ミュージカル『サンセット大通り』でノーマ役を演じるニコール・シャージンガーは、すでにイギリスのロンドンで同役を演じ、同国の演劇界で最高の栄誉となるローレンス・オリヴィエ賞を獲得しており、その点で一歩リードしているかに見えた。
しかし、2024年11月のアメリカ大統領選の直後には、彼女が共和党のトランプ支持者であるかのように誤解されかねないコメントをSNSのインスタグラムで発信してしまい大炎上、謝罪に追い込まれる事態に発展してしまう。
アメリカの演劇界では民主党の支持者が大半を占めるだけに、心証を悪くしてしまい主演女優賞の獲得に影響が出るとの見方が広まったのだ。
Nicole Scherzinger Responds to Social Media BacklashThe actor was the subject of an online frenzy after fans noticed an Instagram co...ニコール・シャージンガー、ソーシャルメディアの炎上に反応
PLAYBILLより
―彼女がインスタグラムでトランプ支持派の投稿に残したコメントにファンが気づき、ネット上で大騒ぎになった―
2024.11.08
この騒動は、そのおよそ10日後の上演開始を控え、オードラ・マクドナルドによるソプラノのローズ役が受け入れられるか否か定かではなかったミュージカル『ジプシー』にとっては朗報となる。
今年の2月には前副大統領で大統領選を戦って間もない民主党のカマラ・ハリスが観劇し、終演後に撮影された彼女と主演女優との写真をこれ見よがしに広報活動に使用するようになった。

もっとも、トニー賞の77年の歴史の中で10回あったように、票が割れて2人の同時受賞という結果にも期待が募り、授賞式までの間に彼女たちに代わるダークホースが現れる可能性も否定できない。
ミュージカル『サンセット大通り』も『ジプシー』も、ともにミュージカル界を代表する悲劇のヒロインを描いた作品。人生を転落していく中年の女性を熱演する2人の女優のどちらに軍配が上がるのか、ブロードウェイの44丁目での睨み合いが、まだしばらくは続く。