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16.ブロードウェイのABBA快進撃

影山雄成のバックステージ・ファイル

この冬、ブロードウェイで初めてリバイバル公演され高い興行成績を収めたもう一作品が、ABBAのメンバーであるベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースが作曲を手掛けたミュージカル『CHESS』。

1988年のブロードウェイ初演では2カ月ともたなかった駄作として知られる、曰くつきの作品が思わぬ形でダークホースとなった。

『CHESS』
Photo:Richard Phibbs

同作品は、アメリカと旧ソビエト連邦がボードゲームのチェスの世界選手権で国家の威信をかけて対決していた冷戦時代を描く内容。

アメリカの代表とソ連の代表、そして試合でセコンドを勤めるハンガリー人の女性との三角関係を軸に、彼らを陰で操ろうとする両国の政府関係者の睨み合いにも迫っていく。

ブロードウェイ史上で唯一無二の“冷戦ミュージカル”というのが売り文句だ。

Photo:Matthew Murphy

元々は1984年にコンセプト・アルバムとなるレコードが発売され、そのポップ調が際立ち耳馴染みの良い楽曲の数々が瞬く間に話題となり、ロンドンの劇場街ウエストエンドに続くブロードウェイ上演にも期待が寄せられていた。ところがニューヨークでは、メディアからはそっぽを向かれ集客も一向に伸びず、結果として短命に終わったという過去がある。

このミュージカルの一番の問題は、チェスと敵対国の男女の情事や不倫、そして国家間の競い合いという要素を掛け合わせた物語に現実味が欠け、低俗な印象を与えることだとされてきた。
ブロードウェイ初演の大失敗の後も複数回にわたりツアー公演が行われ、ABBAの故郷スウェーデンも含めた世界中で上演される機会に恵まれるが、幾度となく物語の骨子を保ちながらも台本に手が加えられてきたのだ。

そして、楽曲を披露することに重きを置いたコンサート版が上演されると毎回のように高く評価され、カルト的な人気を誇る作品と認識されてきたという経緯がある。

ブロードウェイでも、過去にリバイバル上演の企画が持ち上がるものの、訳ありの冷戦ミュージカルを上演にまでこぎ着けたプロデューサーはいなかった。

CHESS Starring Lea Michele, Aaron Tveit and Nicholas Christopher | Coming to Broadway
トレーラー映像

今回のブロードウェイでの一番の目玉は、ヒロインとなるセコンドのフローレンス役にTVドラマ『glee/グリー』で名声を高めたリア・ミシェルをキャスティングしたという点。

彼女は2022年にブロードウェイでリバイバル上演されたミュージカル『ファニー・ガール』において、閉幕が間近かと思われていた瀕死状態の作品の興行収入を、自身の出演によりV字回復させた功績を持ち、その集客力は圧倒的だ。

また5年前にミュージカル『ムーラン・ルージュ!』でトニー賞の主演男優賞に輝いたアーロン・トヴェイトがアメリカ代表のフレディ役、『ハミルトン』などへの出演で人気を高めてきたニコラス・クリストファーがソ連代表のアナトリー役というキャスティングも演劇ファンの心を惹きつける。

地声を使うベルティングボイスを得意とする3人の圧巻の歌唱力と、その存在感がリバイバルの価値を極限にまで高めた。

CHESS the Musical | Now on Broadway
トレーラー映像

一番の課題となる脚本の面では、冷戦時代に行われていたことが今も変わらず繰り返されている現状に着目、作品に新鮮さを加味する策に出る。

冒頭では、チェスの世界選手権のアメリカ代表となる主人公が紹介されるくだりで、狂言回しが観客に語りかけていく。
アメリカ代表の名前はフレディ・トランパーで、ラストネームのトランパー(Trumper)が現アメリカ大統領を彷彿とさせるが、作品は1984年に書かれたものであることを強調、多くが関心を寄せるネタで過去と現代との橋渡しを行う。

さらには、ソ連の政府関係者が突拍子もない政治判断を下す場面でも、再び狂言回しが客席を沸かせる。
「(政府の代表の)愚かな傲慢は、この数十年後にもバイデン前大統領が選挙で再選に挑戦すると判断する際に繰り返される」と突く。老齢のバイデン前大統領の誤った政治判断が、現政権の誕生を招いたことへの皮肉で客席を爆笑の渦に巻き込むのだ。

Photo:Matthew Murphy

またアメリカ政府代表がソ連との外交的な理由によりチェスの試合での八百長を画策、自国の選手サイド関係者に協力しなければ国外追放にすると脅す場面でもしかり。
一方的な国外追放などできるはずはないと、協力を拒む選手サイド関係者に対し、アメリカ政府代表は「もちろん我々にはできるし、必要ならばそうする。我々は誰をも好きな時に追放処分にできる」と威圧的に言い放つ。現政権が繰り広げる大規模な不法移民の乱暴な取り締まりを示唆、観客の失笑を誘うのだ。

1980年代生まれのミュージカルが社会的メッセージも発信、時世を鑑みた作品に生まれ変わった。
様々な工夫を凝らしたリバイバルとなったが、初演から27年経ってもやはり劇評家を唸らせることは叶わなかった。とはいえ初演のように酷評で袋叩きに遭うことは免れ、少なからず絶賛した劇評家もいたのは作品にとっての大きな前進。

『CHESS』オープニングナイトの様子

一方でチケットはキャストの知名度の高さが功を奏し前売りの時点から高値で取引され、早々に2026年の5月までの延長も決定、上演開始から絶好調だった興行収入はホリデーシーズンの幕開けとなる感謝祭には週200万ドルを超えるまでに至った。

守旧派の劇評家たちが、ABBAやそのメンバーの大衆受けの良い旋律の楽曲がミュージカル作品で歌われることを快く思わないのは紛れもない事実。
ヒットだけを優先したチープな抜け道で、創意工夫に欠けると捉えられているのがその主な理由だ。
とはいえ、現政権の影響を受け興行に不透明な状況が続く冬のブロードウェイにおいて、多くの観客が支持したのは芸術性の高さを追求した舞台よりも、耳馴染みの良いメロディという心地良さだった。


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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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延岡バックステージ
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