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再び目を覚ますアメリカ演劇界

影山雄成のバックステージ・ファイル

寄稿/影山雄成

『ゴッドスペル』
Photo:Emma K. Rothenberg-Ware

行政の命令によりニューヨークの劇場街ブロードウェイも含め、街にある全ての劇場が閉鎖となり、ライブ・エンターテインメントがなくなったのは3月のことだった。
それを受け、およそ5万1000人が所属する狭き門の舞台俳優組合は、前オバマ政権時代に労働安全衛生局の長官を務めた人物を招聘し、組合員の安全を守るという名目で厳格なガイドラインを設けた。

従来アメリカでは、出演者の中に一人でも組合員がいる舞台をプロフェッショナルな作品とみなし、それ以外は、偏見が否めないものの、意識的に下等に区分けする傾向がある。

新たなガイドラインでは組合員を起用する場合、興行主が関係者全員の最低週1回のPCR検査の手配など、観客や出演者の安全を確約し、組合の承認を得た場合のみ可能だと定めた。
そして皮肉にも、この厳しすぎる規制により、全米で組合の役者を使ったプロフェッショナルな舞台の上演が実質的に不可能となってしまう。

こうした中、全アメリカ演劇界の注目が米北東部のマサチューセッツ州にあるピッツフィールド市に集まる。
慎重な方針を貫く行政と、頑なな舞台俳優組合の双方を説き伏せた2作品が相次いで上演され、アメリカでプロフェッショナルな演劇が再び目を覚ましたのだ。

舞台俳優組合の決定によって、所属する組合員は役者として活動できなくなり、3月以降は苦境に立たされてきた。
生活費が高額なニューヨークを離れていったブロードウェイで活躍する俳優は全体の4割にもおよぶというデータさえあり、組合員参加の舞台の上演再開は彼らにとっても朗報となった。

組合の役者を起用した作品の上演実現を画策したのはマサチューセッツ州にある二つの地方劇場。
劇場を貸し小屋として第三者にレンタルするのではなく、年間を通して複数の自主制作の舞台を上演するという、演劇好きの多いアメリカでは広く定着した運営方法で成り立つ地方劇場だ。

『ハリー・クラーク』
Photo:Daniel Rader

創立25周年の名門地方劇場は、2017年にニューヨークの小劇場で初演されヒットした一人芝居『ハリー・クラーク』の上演を企画する。
イギリス人になりすまし、詐欺を働くアメリカ人の男を描くスリラー色の濃い作品だが、当然のように舞台俳優組合は上演に猛反発。
しかし、劇場側は諦めず、さまざまな感染防止対策を提案していった。

まずは本来520席の上演劇場の客席数を163席に減らすため座席を取り払う。
同時にステージに立つ出演者と最前列の観客との距離が4.5メートル保たれるようにもした。
また空調設備を最新鋭のものに新調し、毎回終演後に必ず劇場内の空気を100%排気できるように改善する。こうして舞台俳優組合を説き伏せ、7月6日に組合所属の俳優を起用しての上演許可がおりたのだ。

『ハリー・クラーク』
Photo:Daniel Rader

この一人芝居に出演する男優は、稽古開始の2週間前には現地入りし自主隔離。
さらに稽古場に入る関係者の人数を4人に制限し、毎回の検温や消毒はもちろん、パルスオキシメーターで動脈血酸素飽和度と脈拍数を測ることも義務付けたのだ。

こうして、パンデミックが始まって以来初のプロフェッショナルな舞台の劇場での興行は実現するかにみえたが、上演開始の6日前に今度は行政が行く手を阻む。
マサチューセッツ州知事の命令により、屋内での公演にストップがかかってしまう。
上演中止は避けられないと思われる中、劇場は迅速に動いた。
劇場の近くの敷地に屋外用テントと仮設ステージを設けたのだ。屋外になると州の規制で100人以上が集まることが禁じられていたため、座席数は劇場での163席からさらに減らして上演を決行した。

Photo:Daniel Rader
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書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

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延岡バックステージ
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