スポンサーリンク

夢と魔法の国が切り開くブロードウェイ

影山雄成のバックステージ・ファイル

コンサートでは12歳以上の観客全員にワクチン接種が義務付けられ、1階席の前2列を空けたのはディズニー独自の安全対策。
ステージ正面の両サイドにはモニターが設置され、出演者やスタッフを紹介するプログラムの役割を果たす。

ステージのサイドにはモニター

8人編成のバンドはステージ中央に配置され、本来はブロードウェイ閉鎖に伴い休演となったミュージカル『アラジン』の舞台装置が組んであることが、舞台の額縁となるプロセニアムアーチの一部からしか把握できないよう工夫された。

演出を手掛けるのは、ディズニー・ミュージカルからの曲を使った同様のコンサート『ディズニー・ブロードウェイ・ヒッツ』も手掛けたジェフ・リー。
ディズニー・ファンと演劇ファンの双方のニーズを熟知しているディズニーの演劇部門のベテランだ。

公演初日となった7月22日、劇場正面の電光掲示板に表示されたのは「WELCOME BACK!(おかえりなさい)」の言葉。
劇場に足を運んだ観客には親子連れも多く、マスク姿が目立つ以外にはパンデミック前と同じブロードウェイの光景が広がった。

開演時間が近くなると、ステージ上には観客の歓声に迎えられてディズニーの重役が登場、「皆さんに“おかえりなさい”と言えることが何よりも嬉しい」とスピーチを切りだす。
その上で、同コンサート『ライブ・アット・ザ・ニュー・アム』が舞台俳優組合の人材を起用しての最初のステージになることを強調、続いて劇場街に携わる労働組合に謝意を表す。
舞台俳優組合のみならず、伴奏を担うミュージシャンや裏方スタッフなどが所属する複数の組合などと合意に至ったからこそ実現した公演なのだ。

そして「ともに喜びと興奮を感じ、演劇界が復活できるのだという望みを込めよう」と観客に賛同を求め、「BROADWAY IS BACK(ブロードウェイは戻った)」と劇場街の復活を高らかに宣言した。

コンサート本編は、出演者4人がトークを挟みながら、作品ごとにブロックに分けて名曲の数々を披露していくスタイル。
最初に紹介されるのは、新型コロナウイルスの脅威が押し寄せる直前の2019年夏にマンハッタンのセントラルパークにある野外劇場で1週間だけ上演されたディズニー・ミュージカルの最新作『ヘラクレス』だ。

パンデミックが始まって間もなくして、同ミュージカルがブロードウェイ上演を目指していると公になったことも踏まえ、ディズニーの劇場街での未来を暗示するかのようなオープニングを用意した。

その後は、同社がブロードウェイ進出を果たした27年前までさかのぼり、制作された作品をほぼ時系列で追っていく。
途中には、「少し気分を変えて」という切り口で、地方や学生演劇向けとして需要があったミュージカル『フリーキー・フライデー』からの曲も歌われ飽きさせない。

Photo:Mike Leonard

そしてコンサート初日にはサプライズも用意され、会場を盛り上げていく。
この日はディズニー・ミュージカルにゆかりのある関係者も招待されており、その中にはミュージカル『アラジン』のジーニー役のオリジナル・キャストとしてトニー賞を受賞したジェームズ・モンロー・アイグルハートもいた。
そして、それを知ったコンサートの出演者で現役のジーニー役でもあるマイケル・ジェームズ・スコットが、客席にいる先輩を巻き込んで会場を沸かせる。

コンサート本編でジーニーが歌う名曲「フレンド・ライク・ミー」を披露したマイケル・ジェームズ・スコットは、その直後に客席で拍手を送っていた同役の先駆者を紹介。
スタッフにハンドマイクを用意させ、ピアノの伴奏で客席側にいるオリジナル・キャストの彼に即興で「フレンド・ライク・ミー」を歌わせたのだ。
急に歌を披露することとなり、最初は躊躇するジェームズ・モンロー・アイグルハートも持ち歌であるだけに、次第にリズムに乗り観客を熱狂させる。

さらに後半ではディズニーのブロードウェイ復活記念の記録用として、出演者がトークの合間に携帯電話をとり出し、ステージ上から客席に向かってSNSでの配信用にと、観客と自撮りをする。
次に出演者4人は観客にも本来は上演中の使用が禁止されている携帯電話の電源を入れるように促す。
「私たちだけ撮影するなんて身勝手だね、ルール違反だけど一年も再開を待ち望んだのだから、皆さんも携帯電話をとりだして」と。
そして、それぞれが自分の座席からステージ上の出演者を画角に入れ、彼らが写り込むように撮影できるというファンサービスが始まる。

ステージと客席とが一体となった撮影会により、全員でディズニーのブロードウェイ再開を祝うひと時となった。

そしてコンサートの最後を締めくくるのが、ブロードウェイ閉鎖の長期化が避けられない見通しとなってきた2020年の5月に、再開を待たず幕を下すこととなったミュージカル『アナと雪の女王』。

劇中の大ヒット曲「Let It Go ~ありのままで~」を全員が熱唱してコンサートはフィナーレとなるが、これは原作映画とは異なる舞台版での捻りを加えたラストにヒントを得たもの。
舞台版の『アナと雪の女王』では、“Let It Go(レット・イット・ゴー)”という言葉に含まれた“解き放つ”というもうひとつの意味を酌み、登場人物全員がそろって同曲を大合唱してクライマックスを迎える。氷の魔法という呪いで凍てついた世界に再び春が訪れ、苦難を乗り越えたことを全員で喜び、過去を解き放って前進することを諭していくのだ。
コンサートでは同様にパンデミックという過去を解き放ち、未来に向けた想いを込め「Let It Go ~ありのままで~」が披露される。

長い沈黙を破った劇場街で久々にブロードウェイ・ミュージカルの楽曲が歌われた公演のカーテンコールで観客の歓声と拍手が鳴り止むことはなかった。

Photo:Mike Leonard

ディズニーが復活を果たしたのと同じころ、ニューヨーク市の地区別のワクチン接種率に起こった変化に大きな注目が集まる。
タイムズスクエアとブロードウェイの多くの劇場がある郵便番号が“10036”の地区で、ワクチン接種の全過程を終了した人の割合が100%になったと報じられたのだ。
全米でも数少ないとされるこの接種率100%の地区、ブロードウェイの本格的な再開に向けての準備が整ったことは誰の目にも明らかだった。

ディズニーの試みが礎となり、ブロードウェイでは2021年だけで合計40作品が一挙に上演を開始するまでになっていく。

劇場街の明かりが再び灯り、ニューヨークの街が2年前の光景を取り戻しつつあった。

2021年6月のブロードウェイ

ブロードウェイ 関連投稿 >
\投稿をシェアする/

書いた人:影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

影山雄成(KAGEYAMA,YUSEI)

演劇ジャーナリスト。 延岡市出身、ニューヨーク在住。 ニューヨークの劇場街ブロードウェイを中心に演劇ジャーナリストとして活躍。アメリカの演劇作品を対象にした「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員。夕刊デイリー新聞で「影山雄成のバックステージ・ファイル」を連載中。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
延岡バックステージ
タイトルとURLをコピーしました